たった一言で揺れる感情
ちょっと体だるいけど、ちょっとめまいもしてるけど、たまには息苦しくなり
少し動いただけで滝の汗、何故か涙が溢れても
毎日朝が来てやるべき事をやり、ちょっとの無理は当たり前。努力するのも当たり前。
そうやって自分なりに頑張っていても
誰かの冷たい一言や
誰かの悪意の一言で
意外と傷つく時があります。
どうして人は「ありがとう。」や「ごめんね。」を忘れてしまうのだろう?
何か嫌な事があると誰かに八つ当たり。
その矛先はいつも決まって立場が弱い人達。
誰かが吐き捨てる様に言った一言で命を落とす人もいます。
誰かがついた嘘のせいで何十年も誤解されたまま残念無念な気持ちを抱えて生きている人もいます。
言葉とは本当に恐ろしい。
だけど、誰かの優しい一言で一日中明るい気持ちで過ごせたり
誰かのあたたかい一言で生きる気力がみなぎる事もあるんです。
言葉ってありがたい。
人を傷つけたり励ましたり言葉にはいろんな側面があります。
それなら私はやっぱり優しい言葉を選びたい。
例えばどんなに怒りを感じていても、怒りにまかせて発言してしまえばのちに後悔する事になります。
怒った時は心の中で深呼吸。
私は自分の怒りがピークに達したら、何も言いません。何の行動も起こしません。(そもそも怒りを感じる事が少ないのですが)
それは無意味な暴走を避ける為です。
無意味な暴走は誰かを、そして自分をダメにする。
だから私は感情的になるのが嫌いです。
人間だからたまには感情的になる時もありますが
そんな時は
「これは自分との勝負!」「冷静的にいられたら自分に勝てる。」
自分との勝負ってかなり変な発想だと思いますが
私は基本的に敵は他人ではなく自分の中にあるマイナスな感情だと思うので
そこを上手くコントロールできれば大抵の事は何とかなると思っています。
良くも悪くも自分次第なのではないかと思っています。
あくまでも個人的な考えではありますがピンチの時や感情的になった時こそ
「今、自分は試されている。」「冷静に行動しなくては」と焦る気持ちをクールダウン。
自分が取るべき行動を探します。
目の前で起きてる事の少し外側を見てみると
ちょっとした事にこだわって怒ったり落ち込んだりしている自分が恥ずかしくなります。(私は本当に幼稚な人間だなぁって)
あくまでも狭い世界で生きている未熟な私の思いですが・・・
もっと広い世界に生きる方々は、日々多くの人と接しながら
日々多くの問題を抱え逃げずに向き合っておられます。
だから余計にちっぽけな自分が愚痴を言ってはいけないと
わがままを言ってはいけないと思いながら生きています。
私が死ぬほど苦しい思いをしても死ぬほど辛い思いをしても、それは世間の皆さんのご苦労とは比べ物にもならないと思います。
だからどんなに辛くても耐えて行かなくてはと思っています。
自分に厳しく人に優しくありたい。
言葉にするのは簡単ですが実行するのは難しい。
それでも私はこの気持ちを胸に生きて行きます。
これまで受けたたくさんの方々へのご恩はあまりにも大きくて返せそうにもありませんが
少しずつお返し出来たら良いなと思っています。
これからもありがとう(感謝の気持ち)とごめんなさい(反省する気持ち)を忘れずに自分らしく生きて行こうと思っています。
本日もご訪問ありがとうございます。
皆さんのブログ楽しみに読ませて頂いています。コメントも嬉しいです。
いつもありがとうございます🙇